最高裁判所第二小法廷 平成8年(行ツ)251号 判決 1997年11月14日
ドイツ連邦共和国バイエルン州 ミュンヘン リドラーシュトラーセ七五
上告人
ベーハーエスーバイエリッシェ ベルクーヒユッテンー ウントーザルツヴェルケ アクチェンゲゼルシャフト
右代表者
クリストフ・ケマン
右訴訟代理人弁護士
筒井豊
同弁理士
鎌田文二
東尾正博
鳥居和久
広島県府中市元町七七番地の一
被上告人
株式会社北川鉄工所
右代表者代表取締役
北川一也
右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第一四二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年五月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人筒井豊、同鎌田文二、同東尾正博、同鳥居和久の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)
(平成八年(行ツ)第二五一号 上告人 ベーハーエスーバイエリッシェ ベルクーヒュッテンーウントーザルツヴェルケ アクチェンゲゼルシャフト)
上告代理人筒井豊、同鎌田文二、同東尾正博、同鳥居和久の上告理由
一 原判決には、その判断の基礎となる事実について誤認があり、この結果法令の適用を誤った違法がある。
すなわち、原判決は、「本件第1発明は、引用例発明1の混合機の駆動装置について、減速機に関する周知の技術事項と、引用例6にみられるような2軸型の軸上減速機とを併せ考慮し、2軸型の軸上減速機の1つに引用例4記載のモータ付き軸上減速機を採用することによって、当業者が容易に想到することができたものというべきである。」(事実及び理由の第6、1、(5)。原判決書二五頁一〇行~一五行)と判示したが、後述するように、引用例6にみられる減速機は軸上減速機ではない。そして、引用例6にみられる減速機が軸上減速機でないとすれば、これを基本的前提とする原判決の右判断は明らかに成り立たないことになる。
以下、理由を詳述する。
二 本件第一発明の特許請求の範囲には、「駆動装置5の減速機9、10は混合槽1に軸承された混合軸31に着脱自在に設けられ」と記載されており、この記載が、減速機9、10が軸上減速機であることを表していると解すべきことについては、当事者間に争いがなく、原判決の判断もこのことを当然の前提としている。
ところで、甲第一三号証(甲第一五号証)の「歯車便覧」三九九頁の軸上減速機(Shaft-mounted reducer)の項に「減速機が直接被動機軸上に取付けられ減速機の基礎が不要となる.減速機の駆動スリーブと被動機の直径が違っても使えるようにスリーブにはめこむブッシュが用意されている.減速機は長さを調節できるトルクアームにより振りまわされないように固定される.」と記載されていることからも明らかなように、軸上減速機とは、中空の出力軸を備え、その出力軸を直接被動機軸にはめ込んで取り付けることにより、減速機自体が被動機軸により支持されるようにしたものであり、また、被動機軸上に直接取り付けられるため減速機が被動機軸と共に回転しないようにトルクアーム等により減速機を固定するようにしたものである(本件第一発明では、軸上減速機の右のような特徴を表すために前記のように「着脱自在」という語句が用いられている。)。
これに対し、例えば減速機のケーシング(外郭)を被動機の外壁等に固着する(従って、被動機の外壁等が減速機を支持する。)と共に、減速機の出力軸と被動機軸とを何らかの手段で結合したような場合は、<1>減速機が被動機軸によって支持されるのではないこと、また、<2>減速機が被動機軸に着脱自在に設けられるのではないことに照らして、当該減速機を軸上減速機ということは明らかに誤りとなる。
三 前記のとおり、原判決は、甲第九号証に記載された引用例6にみられる減速機を2軸型の軸上減速機であると認定しているが、右認定は誤りであり、引用例6にみられる減速機は軸上減速機ではない。
すなわち、甲第九号証によれば、引用例6の減速機について、「台板30上の各開口30aの下に重量支持環66を設け環状基部縁体64aを契合するための有溝肩部を有し、縁体64aの表面と台板の表面とは同一の平面をなすようにする。各支持環66はその下部に取付けたる径違歯車68を支持し、径違歯車68は接手72により減速歯車の入力軸に接合されたる駆動軸70により駆動される。」(同号証第六欄一九行~二六行)、「(前略)各径違歯車68は夫々の混合機頭装置14、16を有する駆動軸82に接合する処の直立する出力軸(図示せず)を包含する。」(同号証第六欄三〇行~三三行)とあり、これらの記載と同号証の第二図とを考慮すれば、引用例6の径違歯車68(減速機)は、台板30(混合機の底板)の各開口30aの下に設けられた重量支持環66に取付けられていること、すなわち、当該径違歯車68(のケーシング)が重量支持環66を介して混合機の底部外壁に固定され、その底部外壁によって支持されていることが十分に認められる。
つまり、引用例6にみられる径違歯車68(減速機)は、混合機の底部外壁によって支持されており、減速機自体が被動機軸によって支持されるものでもなければ、被動機軸に着脱自在に設けられるものでもないのであり、したがって、既に述べた軸上減速機の特徴に照らせば、引用例6の径違歯車68が軸上減速機でないことは明らかである。
四 右のとおり、原判決は、引用例6の径違歯車68が軸上減速機でないにもかかわらず、これを軸上・減速機であると誤認したうえ、前記のように「本件第1発明は、引用例発明1の混合機の駆動装置について、減速機に関する周知の技術事項と、引用例6にみられるような2軸型の軸上減速機とを併せ考慮し、2軸型の軸上減速機の1つに引用例4記載のモータ付き軸上減速機を採用することによって、当業者が容易に想到することができたものというべきである。」と判示したが、引用例4記載のモータ付き軸上減速機を、いずれも非軸上減速機である引用例6の2軸型の減速機の一つに採用することによって、当業者が容易に本件第一発明に想到することができたと解するのは、明らかに誤りである。
なぜなら、軸上減速機と非軸上減速機とでは、被動機軸及び軸受の構成、減速機の出力軸と被動機軸との結合関係、トルクアームの構成その他の関連する構成が明らかに異なることから、非軸上減速機である引用例6の減速機に引用例4記載のモータ付き軸上減速機を採用するということ自体、当業者が容易に想到することができたと解する合理的な理由がなく、さらには引用例6の非軸上減速機に引用例4記載のモータ付き軸上減速機を採用することにより当業者が容易に本件第一発明に想到することができたと解すべき合理的根拠は全くないからである。
五 また、原判決は「引用例6(甲第9号証)に記載されているように、2軸型混合機において、2軸それぞれに減速機を設け、これら2台の軸上減速機の入力軸相互をカップリングにより接続して共通の駆動軸から動力を伝達するようにしたものは、既に知られていたものである。/そうすると、上記引用例6に記載された2軸型減速機の構成を考慮し、引用例発明1の混合軸の駆動機構に代えて、引用例4に記載された前記モータ付きの軸上減速機1台と、引用例4にも記載された周知の(モータなしの)軸上減速機1台を、引用例発明1の混合機の2本の混合軸に装着したうえで、これら2台の軸上減速機の入力軸相互を、引用例6にも記載され、前示「歯車便覧」にも記載されている周知のカップリング(甲第一五号証398~399頁)により接続することも、当業者が周知技術の適用として普通にできることと認められる。」とも判示しているが(原判決書二二頁一六行~二三頁一〇行)、右判示もまた、引用例6の減速機が軸上減速機でないにもかかわらず、引用例6に記載された二軸型の混合機には、二軸それぞれに軸上減速機が設けられ、これら二台の軸上減速機の入力軸相互をカップリングにより接続してあるとの事実誤認を前提としており、この結果、右の判断自体も誤りであることは明らかである。
六 原判決は、引用例4(甲第七号証)について一九六二年一二月一〇日付けのものであると推認することができ、これによれば、本件優先権主張日前に頒布されたものであると認めることができると判示しているが、上告人もこの点については特に争わない。
しかしながら、引用例4について推認される右の頒布時期が、本件の優先権主張日(一九七一年八月二〇日)より八年以上も前の時期であることを考えれば、本件第一発明の進歩性を否定した原判決の判断は、この点においても誤りであると言わざるを得ない。
すなわち、一般に「発明の進歩性は、二九条二項に規定される要件の一般的な略称であるが、これを要約すれば、その道の専門家(当業者)が、特許出願時における技術水準から容易に考えだすことができない程度をいう。」と解されており、また進歩性の別名として「構成の困難性」、「発明の非容易性ないし非自明性」ということが言われている(吉藤幸朔著「特許法概説〔第九版増補〕」九三頁)。
ところで、右のように特許出願時における技術水準との関係から「発明の非容易性ないし非自明性」を考える場合の一つのメルクマールとして、当該技術水準が形成された時期(公知資料が公知となった時期)と当該発明の出願時期との間の経過時間を考えることは合理的であり、その経過時間が長ければ長い程、公知資料が早くから公知であったにもかかわらず、当該発明が創作されるまでに時間を要したことを表していることから、右の経過時間がどの程度長期間であったかということも当該発明の非容易性ないし非自明性を推定させる一つの要素になると解すべきである。
これを本件について見れば、引用例発明1(甲第四号証)は昭和三六年(一九六一年)一一月一五日に公知になったものであり、引用例4は前記のとおり遅くとも一九六二年(昭和三七年)一二月一〇日に公知になったと解される。また、甲第一五号証の「歯車便覧」は昭和三七年一一月三〇日発行であり、原判決がいうカップリングに関する周知技術も右の時期には公知になっていた。
他方、本件特許出願の優先権主張日は一九七一年八月二〇日であり、右の各公知資料が公知となった時期からみて、八年ないし九年以上経過している。
したがって、右の各公知資料が公知となった時期(本件第一発明に関する技術水準が形成された時期)からみて、本件第一発明の優先権主張日までに右のような長時間を経過していること自体が、本件第一発明の進歩性、即ち発明の非容易性ないし非自明性を表していると解すべきである。
これに対し、仮に原判決の前記判示のように(但し、引用例6に関する部分を除く。)、引用例発明1の混合軸の駆動機構に代えて、引用例4に記載された前記モータ付きの軸上減速機1台と、引用例4に記載された周知の(モータなしの)軸上減速機1台を、引用例発明1の混合機の2本の混合軸に装着したうえで、これら2台の軸上減速機の入力軸相互を、「歯車便覧」に記載されている周知のカップリング(甲第一五号証398~399頁)により接続することも、当業者が周知技術の適用として普通にできることであるというのであれば、なぜそのような周知技術の適用として当業者が普通にできることが、それぞれの周知技術が公知となった時期よりも八年以上も後になって実現されたかという疑問が当然生じるが、右の疑問について、原判決は何ら合理的な説明をしていないことになる。
ちなみに、本件第一発明を実施した二軸強制混合機及びその構成に類似した二軸強制混合機は、昭和四九年頃以降現在まで、少なくとも日本においてコンクリートミキサーの主流となっており、本件第一発明の創作に対する潜在的需要としては極めて高いものがあったことになる。したがって、右の状況にもかかわらず、本件第一発明の創作に前記のような長時間を要したことは、本件第一発明に関する発明の非容易性ないし非自明性を十分に裏付ける事実であると解すべきである。
七 以上のように、原判決は、引用例6にみられる減速機について、これを軸上減速機であると誤認し、また、これに加えて本件各公知資料(引用例発明1、引用例4、「歯車便覧」)が公知になった時期と本件第一発明の優先権主張日との間の経過時間から認められるべき発明の進歩性についての判断を誤った結果、本件第一発明と引用例発明1との相違点についての審決の判断は誤りであり取消事由は理由があると判断したものであるが、原判決の右の判断は、本来進歩性が認められるべき本件第一発明について、特許法第二九条第二項の規定に違背してその進歩性を否定したものであり、同条同項の規定の適用を誤った違法なものである。
また、そうである以上、本件第二~第四発明に関する原判決の判断についても、特許法第二九条第二項の適用を誤った違法がある。
以上によれば、原判決には法令の適用違背の違法があり、破棄を免れない。
以上